自然経営研究会に参加してきました

先週の1月17日(木)に自然体のマネジメント・経営(非管理型経営)を目指すためのコミュニティ「自然経営研究会」の研究会が開かれ、僕も参加してきました。

会場は50人以上を超える方が参加していて、会場も熱気にあふれ、このテーマの関心の高さと勢いが開始前から感じられました。

今回の場は『「自然」と「非自然」の違いは何か?』という問いをきっかけにワールドカフェ等を用いながらの意見交換や対話が主となりました。

ここでは話し合いの中で僕が感じたこと・考えたことを中心にまとめてみました。

 

「自然経営は儲かるのか?」「自然経営は勝てるのか?」という問いは妥当なのか?

僕が対話のわりと最初の方で気になったのは「自然経営」を参考にしようとする背後にある考えでした。全員が全員という訳ではもちろんありませんが、お話した何名の方からは「結局、自然経営は儲かるのか?」という点を明らかにするために対話や意見交換に参加されているような雰囲気が伝わってきました。

もちろん、この問い自体が合っているとか、間違っているとかではありません。ただ、僕が問いとして持っておきたいのは「儲かるのか?勝てるのか?という立場から、自然経営について考えることは妥当なのか?」です。

というのも「儲かるか?」「勝てるか?」というマインドセットからでは、「自然らしさ」が引き出せないのでは?と考えているからです。

以前、クルミドコーヒーの影山さんがこんなことをおっしゃっていました。

僕がお店を始めたのは「喜んでもらいたい」というギブの動機でした。一方でお金を取ることが目的となり、そのためにお客さんを利用する構図となってしまうと、それはテイクの動機ということになる。クルミドコーヒーが他のチェーン店と何が違うかといったら、この点なんじゃないかと思うんです。実際やってみて気づいたんですけど、こちらの接し方でお客さんの反応も変わるんですね。

例えば僕も、テイクのお店に行くとテイクな気持ちになることがあります。同じ額を払うならできるだけ多くを取りたい、同じものを手に入れるなら、できるだけ安く手に入れたいって。これは“消費者的人格”って呼ぶのかなと思います。

だけどまず僕らがギブで接して、お客さんも「なんかすごくいい贈り物を受け取っちゃった」となると、「むしろ千円じゃ足りない気がする」って思ってくださることがきっとある。これは別種の人格だから名前をつけようと思って、“受贈者的人格”と呼ぶようにしたんです。

これは僕の仮説ですが、影山さんのお話も踏まえると、「儲かるのか?勝てるのか?」という文脈で自然経営を取り入れてしまうと、一見、自然経営っぽくてもその場に集う人の消費者的人格を呼び起こすことになってしまい、結局うまく行かないのでは?と考えています。

ただ、ビジネスにおいて「儲かる」ということはとても重要なことです。だから「儲かる」ことを抜きにした「自然経営」は「ただの緩い経営」であり、これも自然ではない、いわば自然の中では生き残っていけないように考えています。

「儲かる」だけでは自然ではないけれど、「儲かる」を手放しても自然ではない。この2つの高度な統合を経た先に「自然」があるのではないでしょうか?

 

これから考えてみたいこと:「自然経営とビジネスモデルの関係」

そうすると気になってくるのが「自然経営」と「ビジネスモデル」の関係です。おそらくこのビジネスモデルじゃないと自然経営はできない、という類のものは無いと考えています。

ただ、こういうビジネスモデルは適さない、みたいなものはあるような気がしています。例えば、先ほどのような「消費者的人格」を呼び起こしにくいモデルであったり。

自然経営も経営である以上、事業と組織の両輪があって成立するはずです。

自然経営は、組織論については探求や実践が進み始めていると実感していますが、事業についてはまだまだこれからのような印象を抱いています。

いま個人的には「組織論として自然経営」だけでなく「事業論としての自然経営」に強い関心があり、これから引き続き実践と探求のサイクルを回したいと考えています。

 

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