「権力構造の源とそのレバレッジポイント」はどこにある?

この週末は一月に参加した場の続きとなる合宿に参加してきました。

この合宿では、場から非構成的に湧き上がった「権力構造の源とそのレバレッジポイント」をテーマに2日間、ダイアログを行いました。

簡単にではありますが、この2日間での学びや気づきをまとめてみます。

 

この2日間、何を行ったのか?

今回はグループシステムワークと言って、プロセスワークでワールドワークと呼ばれているものをアレンジしたものを行いました。

グループシステムワークでは、そのテーマにおける主要な登場人物を挙げていきながら、その役割(ロール)に自分の身を置き、湧きあがる身体感覚に身を委ね、そこから生じる感情や思考を場に出していきます。

このワークを行うと、どんなに知らない人や共感できない人の役割(ロール)でも、なぜかその人っぽい言動や振る舞いになっていきます。それがわかっていながらも毎回そうなるのが不思議だなとやる度に思います。

今回もニュースなどを見る限り、全く共感できないという人の役割に身を置きましたが、その役割の人がいかにも取りそうな言動を自分がしてしまっていたことには驚きました。

立ち上がってきたテーマは「傷ついた男性性」

プロセスを深める中で立ち上がってきたのは「傷ついた男性性」というテーマでした。

グループシステムを意図的にエスカレートさせていくに連れて、傷ついた男性性、傷ついた誇りを取り戻したり、その傷から生まれた痛みを回復させることのために思考・行動のすべてが使われていて、しかもそれが「正しさ」の衣を被って権力として場に表現されていることが浮き彫りになりました。

僕はそのプロセスが見えただけでは納得できなかったのですが(そんなくだらないことに権力が本当に使われているのか?と思って腑に落ちなかったのです)、実際にロールに身を置いてみると、自分も確かにそんな動機で動いてしまっていました。

特に僕の場合は「またあの痛みを味わうのはイヤだ」という感情がどうしても手放せませんでした。だ、そんな自分勝手なことを言ったり、そんな弱虫に見られるのは恥ずかしいので、それは隠しながら痛み回避の方策を行うために思考やロジックを駆使する(正しさを振りかざす)ことをしていました。

このプロセスに入ってしまうと、「正しさの主張」や「本音の開示」だけでは場が全く動かなくなり、「相手にわかられていない感」だけが高まっていきます。

そして「相手にわかられていないからこそ、より一層正しさを主張しようとしたり、本音で話すようにけしかたり」するようになります。

もちろんこの戦略は相手との距離をただただ開くだけなので全く功を奏しません。

そしてエスカレートの果てに、犠牲者感が高まり、そんな自分を慰めるかのように自己正当化を行い、「結局あいつはわかっていない。だからもうダメだ」と破綻を迎えるのです。

ちなみに僕たちはこのプロセスが頭ではわかっていながら、ワークの中では何度も同じ構造が現れました。それだけこの構造は元型的なのだなと痛感しました。

 

傷ついた男性性をベースに駆動する権力構造のシフトのために必要なことは?

ではこの構造を乗り越えていくためには何が必要なのか?

マクロなシステム、ミクロなシステムでこの構造をさんざんやり尽くした後に、メンバーとダイアログしたのは「いかにこの構造を扱っていくか?」でした。

ああでもない、こうでもないと話しながら、見出されてきた方向性は「傷ついた男性性への赦し」でした。結局、権力構造が「傷ついた男性性の回復」を原動力に動いているので、それをケアしないと次のフェーズに進みたくとも一向に堂々巡りで進展しないのです。

今回の合宿を経て「正しさを超えた先に何を目指すのか?」が明確になりました。

これまでは「正しさだけでは場は動かない」と「正しさの無力さ」については認識していましたが、その先の方向性についてはハッキリとは見出せていませんでした。

「一人ひとりが自己統合していくこと」「丁寧に対話を繰り返していくこと」など紋切り型の結論しか浮かんでおらず、煮え切らなさを感じていました。

そんな中で「傷ついた男性性の回復」というキーワードは、これからの道筋を照らす光となってくれるような感覚があります。

おそらくアプローチは状況や場面に応じて複数あるはずです。自分自身の体験を深めながら、今回場を共にした仲間と共に切り口を増やしていきたいと考えています。

 

 

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